モンペリエは、フランスで人口が8番目の町、地中海が近い都市型観光地であると同時に古い大学都市としても知られる。ミシュラングリーン・ガイド・ブックの三つ星を得て≪最も訪れる価値のある≫観光都市と認められた。 豊かな歴史遺産に恵まれる一方、近年では様々なフェスティバルが開催される。ラジオフランス・オキシタニー・モンペリエ音楽祭、モンペリエ・ダンス、地中海映画祭、モンペリエ・ブラスバンド祭など。特にダンスでは世界の中心的存在でもある。トラムウエイ(市街電車)などのメトロポール計画がモンペリエを中心に進まれていて、隣接都市を含めながら新しい街づくりが進んでいる。また、周りのラングドック地方は、古くからワインの生産地として知られ、上質のワインが生産されている。
Montpellierの発音はモンペリエかモンプリエか?
日本人はMontpellierをモンペリエと大体の人が発音するが、フランス人はモンプリエという人が多い。フランス語の発音の規則からするとモンペリエの方が正しいと思われるが何故だろう。他にもこういう例がある。Auxerre(89)をオーセールと発音したり、オークセールと発音したりす...
2017年5月22日月曜日
ワイン用ブドウの種類/ラングドック・ルシオン地方①
ラングドック・ルシオン地方は東はローヌ川から西はスペイン国境までの弓形をした地域で地中海に面している。ページ下の地図参照。広いこともあるが、かなり多くののワイン名称(AOC)がある。赤、ロゼ、白、グリなどのワイン、天然甘味ワイン、スパークリングワイン種類も豊富だ。最初にこの地方で使われている主な品種を紹介し、そのあと各地域の使用セパージュ(ブドウの種類)を書く。尚、赤ワインと同じ品種を使うロゼワインとvins du paysは省略する。
白ブドウ : le grenache blanc, le macabeu, le carignan blanc, la clairette, le picpoul, le bourboulenc, le mauzac, les muscats (この品種はいくつか種類がある), la marssane, la roussane, le ugni blanc (le trebbiano bianco), le vermentino (rolle), le viognier
赤ブドウ : le carignan, le grenache, la syrah, le cinsault (サンソー), le mourvèdre, le muscardin
---
ワイン名称(東から西へ)
Costière de Nîmes / 白ワイン : le bourboulenc, la clairette, le grenache blanc, le macabeu, la marssane, la roussane, le ugni blanc, le vermentino (rolle), le viognier (最大20%)
この9種のブドウのうち最低2種を使わなければならない。
赤ワイン :le carignan (最高40%), le grenache (最低25%), le mourvèdre (最低20%),
la syrah (最低20%)
Clairette de Bellegarde / 白ワインのみ: la clairette
Coteaux du Languedoc / 白ワイン : le grenache blanc, la clairette, le picpoul, le bourboulenc, la marsanne, la roussanne, le vermentino (rolle), La Clapeは、le picpoulのみ
赤ワイン : le grenach, la syrah, le cinsault, le mourvèdre, le carignan
Muscat de Lunel / 天然甘味ワイン白 : le muscat blanc à petits grains
Muscat de Mirval / 天然甘味ワイン白 : le muscat blanc à petits grains
Muscat de Frontignan / 天然甘味ワイン白 : le muscat blanc à petits grains
Clairette du Languedoc / 白ワイン : la Clairette
Faugères / 白ワイン : le grenache blanc, la marsanne, la roussanne, le vermentino
赤ワイン(生産の80%) :le carignan, le cinsault, le grenache, le mouvèdre, la syrah
Saint-Chinian / 白ワイン : le grenache blanc, la marsanne, la roussanne, le vermentino, le viognier, le bourboulenc, la clairette, le carignan blanc, le macabeu
赤ワイン : la syrah, le grenache noir, le mouvèdre, le carignan, le cinsault noir, le lloudoner plut
2017年5月18日木曜日
Notes de lecture
... elles ne cessaient de s’émerveiller de la petite part de bonheur que leur réservait la fin de leur existence. Elles étaient surtout sensibles à la générosité de la nature, et la regardaient comme un don de Dieu. Tout était toujours nouveau pour elles. Chaque année, elles récoltaient les premières pommes de terres nouvelles, la première pêche, le premier raisin et, dans l’arrière-saison, quand la nature semblait avoir épuisé ses largesses, les premiers champignons et les premières châtaignes.
(La tour de Constance, p. 450)
(La tour de Constance, p. 450)
2017年5月16日火曜日
ワイン用ブドウの種類/アルザス地方
日頃からワインのブドウ品種をもう少しはっきり把握したいと思っていた。知らない品種も沢山あり、その地方の土地、気候、伝統により、様々な品種が使われている。漏れるところもあるかもしれないが、アルザス地方から始める。
***
軽くて爽やかなワインを産出するアルザス地方では、ラベルにブドウの品種が書かれている。100%同じ品種を使っているのかわからない。
主な品種 品種によって男性名詞、女性名詞があるので、冠詞を付けておく。
* le sylvaner (blanc)
* le riesling (blanc)
* le muscat d'Alsace (blanc)
* le pinot gris (blanc)
* le pinot blanc (blanc)
* le gewurztraminer (blanc) フランス語では「ジェヴュルスストラミネール」と読む。
* le pinot noir (rouge)
その他の品種
* le chasselas
発泡ワイン 発泡ブドウ酒も数が多いので地方ごとに記しておく。
* le clémant d'Alsace
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軽くて爽やかなワインを産出するアルザス地方では、ラベルにブドウの品種が書かれている。100%同じ品種を使っているのかわからない。
主な品種 品種によって男性名詞、女性名詞があるので、冠詞を付けておく。
* le sylvaner (blanc)
* le riesling (blanc)
* le muscat d'Alsace (blanc)
* le pinot gris (blanc)
* le pinot blanc (blanc)
* le gewurztraminer (blanc) フランス語では「ジェヴュルスストラミネール」と読む。
* le pinot noir (rouge)
その他の品種
* le chasselas
発泡ワイン 発泡ブドウ酒も数が多いので地方ごとに記しておく。
* le clémant d'Alsace
2017年4月21日金曜日
Notes de lecture
La tour de Constanceは、手を握って指を立てたように見えるエーグ・モルト(30)にある塔で、1685年10月28日のナントの勅令廃止後に起きたカトリックとプロテスタントの対立の時代にプロテスタントやセクト(新しくキリスト教の解釈する団体)の人たちを収容した監獄だった。この宗教戦争では、特にセヴェンヌ地方で悲惨な戦いがあり、一般的にカミザールの戦いと言われている。同名の小説は、アンドレ・シャンソンというセヴェンヌ生まれの人が書いた小説だ。銃眼の隙間しかないこの塔の2階に収容された女性たちの会話が延々と続く。読者はあたかも自分がそこにいるかのようにとてもつらい気持ちになる。実際その中に入ったことのある人には益々つらい。厚い壁とかすかな外部の光の中で暮らすのである。まだ途中だがこの後もう少しどうにか筋が展開してほしいと思っている。
2017年4月17日月曜日
Vin des Sables de Camargue
Vin des Sables de Camargueとは、カマルグ地方(アルルとエーグ・モルトの間の砂地(90%以上が砂)で作られているワインをいう。約3000ヘクタールの畑で146の農家がこのワインを作っている。他にも大西洋岸のランド地方などでも作っているが、Vin de Sableと綴りが違う。赤、ロゼ、グリ、グリ・ド・グリ、白とあるが、何といっても薄いオレンジ色をしたグリかグリ・ド・グリに特徴がある。暑い夏に冷やして飲むのは最高だ。グリgrisとは灰色だが、ワインの色からよりもむしろ使われているブドウの苗木からきているようだ。カマルグの場合、グルナッシュ・グリが主体で(70~80%の割合)、収穫したブドウをほとんど寝かさないので非常に色の薄いワインができる。
Vin des Sables
Vin des Sables
2017年4月8日土曜日
2017年3月19日日曜日
2017年3月6日月曜日
2017年3月5日日曜日
2017年フランス共和国大統領選挙
2017年の大統領選挙まであと7週間だが、4月23日の第一回投票の得票予想がニュースを賑わしている。確かにこの選挙は国民直接選挙で毎回80%前後の投票率を記録しており、国民は強い関心がある。3月9日の時点の人気は次のようだ。
1位(26%) : エマヌエル・マクロン(39歳) 政党「アン・マルシュ」党首。オーランド体制ヴァルス政府では経済大臣を務める。

2位(25%) : マリーヌ・ル・ペン(48歳) 極右国民戦線党首。党の創立者である父を継いだ。

3位(20%) : フランソワ・フィヨン(63歳) 共和党党内選挙で選ばれる。サルゴジ大統領時代の首相。
4位(13%) : ブノワ・ハモン(49歳) 社会党党内選挙で選ばれる。ヴァルス政府で国民教育大臣を務める。
5位(12%) : ジャン・リュック・メランション(65歳) 左翼。政党に囚われない「従属しないフランス」運動で選挙に臨む。
以下省略。
1位(26%) : エマヌエル・マクロン(39歳) 政党「アン・マルシュ」党首。オーランド体制ヴァルス政府では経済大臣を務める。
2位(25%) : マリーヌ・ル・ペン(48歳) 極右国民戦線党首。党の創立者である父を継いだ。

3位(20%) : フランソワ・フィヨン(63歳) 共和党党内選挙で選ばれる。サルゴジ大統領時代の首相。
4位(13%) : ブノワ・ハモン(49歳) 社会党党内選挙で選ばれる。ヴァルス政府で国民教育大臣を務める。
5位(12%) : ジャン・リュック・メランション(65歳) 左翼。政党に囚われない「従属しないフランス」運動で選挙に臨む。
以下省略。
Notes de lecture - Choses vues(1849-1885)
Si l’écrivain n’écrit que pour son temps, je devais briser et jeter ma plume. (p.524) - Victor Hugo
(訳) 作家がその時代のためにだけ書くとしたら、私はペンを折って捨てなければならなかった。
(訳) 作家がその時代のためにだけ書くとしたら、私はペンを折って捨てなければならなかった。
2017年2月28日火曜日
モンペリエで生まれた人、住んだ人、旅した人
*モンペリエで生まれた人
Jacques 1er d'Aragon (1208-1276) - アラゴン王
Saint Roch (vers 1340-1379) - モンペリエの守護聖人
Sébastien Bourdon (1616-1671) - 画家
Pierre Magnol (1638-1715) - プロテスタント植物学者、モクレン属 (Magnolia)の名前の元になった
Louis Lepic (1765-1827) - 第1帝政時代の将軍
François-Xavier Fabre (1766-1837) - 画家、ファーブル美術館の創始者の一人
Auguste Comte (1798-1857) - 哲学者
Frédéric Bazille (1841-1870) - 印象派画家
Francis Ponge (1899-1988) - 詩人
Juliette Gréco (1927-) - 歌手、俳優
François Trinh-Duc (1986-) - ラグビー選手
*モンペリエに住んだ人旅した人
Guilhem 1er de Montpellier (985) - モンペリエの最初の領主
Guilhem V de Montpellier (1075-1121) - モンペリエの領主
Marie de Montpellier (1182-1213) - ギレーム家のモンペリエ最後の領主
Guillaume de Grimoard (UrbainV) (1310-1370) - アヴィニョンの法王
Jacques Cœur (1395-1456) - フランス王Charles VIIの大蔵卿
François Rabelais (vers 1493-1553) - 医者、作家 (1530)
Nostradamus (1503-1566) - 薬剤師、医者 (1529)
Jean-Jacques Rousseau (1712-1778) - 思想家 (septembre 1737)
Jean-Antoine Chaptal (1756-1832) - 化学者、政治家 (1774-1777)
Gustave Courbet (1819-1877) - 画家
André Gide (1869-1951) - 作家
Paul Valéry (1871-1945) - 詩人
Valery Larbaud (1881-1957) - 作家、詩人
Jean Moulin (1899-1943) - レジスタン
Pierre Soulages (1919-) - 画家
Michel Galabru (1922-2016) - 俳優
Georges Frêche (1938-2010) - 政治家、元市長
Louis Nicollin (1943-) - 企業家、モンペリエ・エロースポーツクラブ創立者
Patrick de Carolis (1953) - ジャーナリスト、Mermoz高校在学
Laurent Blanc (1965-) - 元サッカー選手、元パリ・サン・ジェルマン監督、モンペリエチーム出身
Jacques 1er d'Aragon (1208-1276) - アラゴン王
Saint Roch (vers 1340-1379) - モンペリエの守護聖人
Sébastien Bourdon (1616-1671) - 画家
Pierre Magnol (1638-1715) - プロテスタント植物学者、モクレン属 (Magnolia)の名前の元になった
Louis Lepic (1765-1827) - 第1帝政時代の将軍
François-Xavier Fabre (1766-1837) - 画家、ファーブル美術館の創始者の一人
Auguste Comte (1798-1857) - 哲学者
Frédéric Bazille (1841-1870) - 印象派画家
Francis Ponge (1899-1988) - 詩人
Juliette Gréco (1927-) - 歌手、俳優
François Trinh-Duc (1986-) - ラグビー選手
*モンペリエに住んだ人旅した人
Guilhem 1er de Montpellier (985) - モンペリエの最初の領主
Guilhem V de Montpellier (1075-1121) - モンペリエの領主
Marie de Montpellier (1182-1213) - ギレーム家のモンペリエ最後の領主
Guillaume de Grimoard (UrbainV) (1310-1370) - アヴィニョンの法王
Jacques Cœur (1395-1456) - フランス王Charles VIIの大蔵卿
François Rabelais (vers 1493-1553) - 医者、作家 (1530)
Nostradamus (1503-1566) - 薬剤師、医者 (1529)
Jean-Jacques Rousseau (1712-1778) - 思想家 (septembre 1737)
Jean-Antoine Chaptal (1756-1832) - 化学者、政治家 (1774-1777)
Gustave Courbet (1819-1877) - 画家
André Gide (1869-1951) - 作家
Paul Valéry (1871-1945) - 詩人
Valery Larbaud (1881-1957) - 作家、詩人
Jean Moulin (1899-1943) - レジスタン
Pierre Soulages (1919-) - 画家
Michel Galabru (1922-2016) - 俳優
Georges Frêche (1938-2010) - 政治家、元市長
Louis Nicollin (1943-) - 企業家、モンペリエ・エロースポーツクラブ創立者
Patrick de Carolis (1953) - ジャーナリスト、Mermoz高校在学
Laurent Blanc (1965-) - 元サッカー選手、元パリ・サン・ジェルマン監督、モンペリエチーム出身
2017年2月20日月曜日
モンペリエの歴史
起源 : 現在のモンペリエの町の北側にローマ時代の道(Via domitia)が西ローマ帝国滅亡後もスペイン・イタリアを結ぶ街道として使われていた。海側の南には「塩の道」があり、塩の輸送に使われていた。
985年11月25日 : モーギオMaugio(34)の伯爵が手柄を立てた騎士のギレーム何某に今のモンペリエの丘を与えたという記録が残っている。
985年11月25日 : モーギオMaugio(34)の伯爵が手柄を立てた騎士のギレーム何某に今のモンペリエの丘を与えたという記録が残っている。
町の紋章エキュッソンと呼ばれ、旧市街もこの形のため、エキュッソンと呼ばれる。 |
街道からやや外れていたが、サンティアゴに行く巡礼の人たちが現在のジャン・ジョレス広場にあったマリアに捧げられた小さな礼拝堂に行くようになる。だから町の紋章にマリア像がある。上部のA、MはAve Mariaのイニシャル、下部の日の丸はギレーム家の紋章。この巡礼者たちを受け入れながら商業の町として、領主の保護もあり少しづつ発展する。
1090年 : 領主Guilhem V(1075-1121)とマグロンヌ(モンペリエ郊外16㎞)の司教との間で町の支配権をめぐる抗争。
1098年 : Guilhem V、トゥールーズ伯Raymond IVの旗のもと第1回十字軍に参加する。
1105年 : Guilhem V モンペリエに戻る。1100年ごろ人口5000人。
1114年 : Guilhem V バルセロナ伯Raimond-Beranger IIIの旗のもとレコンキスタ(スペイン領地回復)に参加する。この時初めて領主の名のもとに裁判を行う代官Bayleを置く。また、海洋貿易を重んじてラット(5km)に港を建設する。
1121年 : Guilhem V 遺言書にユダヤ人は代官になれないことを記す。このことはユダヤ人が多く町にやってきたことを示いている。
1141年 : 都市自由化の動き。一時、領主Guilhem VI 町から追放されるが、ジェノヴァ商人の力を借りて復位する。
12世紀後半 : いくつかの法学校、医学校が創立される。
1174年 : Guilhem VIII ビザンティン皇帝姪Eudoxieと結婚する。Eudoxieのお陰で華やかな宮廷文化が展開される。その後、跡取りが生まれなかった(女の子ひとり)のでEudoxieと離縁して、Agnès de Castilleと結婚する。
1204年 : Pierre II d'Aragonの陰謀。Guilhem IXは退位させられ、Marie de Montpellierが領主となる。ふたりの結婚を機に町に自由自治都市特許状が与えられる。1204年人口40000人。
1204年~1349年 : アラゴン王朝の支配下、最盛期に到達する。行政官が選ばれ、Jacques Iの宮廷が華やかに開かれる。
1213年 : Pierre II d'Aragon死す。アラゴン朝の支配から一部開放され半自治都市になる。自由都市として経済的に著しく発展する。地方生産物(香草、セージ、甘草、はちみつ、果物、香料入りワインなど)や輸入品(コショウ、スペインサフラン、シナモン、カンディア(クレタ島)の砂糖、丁子(香辛料)、織物...)などが売られた。12世紀末人口40000人でパリに次ぐ町となる。
1289年10月26日 : モンペリエ大学創立。
1293年 : フランス王Philippe IV モンペリエの支配権を一部獲得する。
1320年頃から洪水、冷害など気候の変化の影響で不作が続く。1364年トー湖全体が凍る。
1348年より黒死病(ペスト)の流行。4千万人(ヨーロッパの人口の3分の1)の死者。
1337年~1453年 : 百年戦争。町は直接戦場にはならなかったが、1361年傭兵くずれの野武士の略奪を受ける。
1349年5月19日 : マジョルカ王Jacques IIIがフランス王Philippe VIに約96万€で売ったためフランス王家の所有となる。
1380年 : 重税に対する町の反抗鎮圧される。
1388年 : Charles VI 行政官の人数を4人に減らす。
1432年 : Jacques Cœur(1395?-1456)モンペリエに来る。町に寄付をし、Lattes(34)の港を整備する。自分で建てた塔の上からラットに着く船を見ていたという話しも残っている。
1467年 : Louis XI モンペリエに徴税裁判所Cour des Aidesを置く。
1536年 : マグローヌ司教区、モンペリエに移される。
1560年-1630年 : ユグノー戦争。モンペリエは元々プロテスタントの町であった。
1577年 : 初めてのカトリック軍の攻撃を受ける。
1598年 : 信教の自由を認めた「ナントの勅令」。
1622年 : Louis XIII 町を2か月にわたり攻囲する。「ナント勅令」を再確認する「モンペリエ勅令」が調印される。
1624年 : 王側が現在のジョッフル高校の場所に堅固な城塞を築く。後に、プロテスタントの神殿の破壊、牧師の亡命が続く。
17世紀 : 平和になった町に豪邸が建設される。コメディー広場、凱旋門、ペイルー公園(建築家Avilerによる)が整備される。
1736年 : フランス革命(1789年)までモンペリエに地方三部会が置かれる。
1765年 : 技師のClapierとPitotによる水路が町に引かれる。
1790年 : エロー県の県庁となる。
19世紀 : ワイン生産が町に富が町に大きな変化をもたらす。この時期の建造物:裁判所、県庁、サン・タンヌ教会、サン・ロック教会、駅、オペラ座、カステランヌ市場(1855年)など。
1828年 : ファーブル美術館開館。
鉄道の開設。1839年モンペリエ・セット間、1845年モンペリエ・ニーム間、1857年モンペリエ・トゥールーズ間、1858年モンペリエ・マルセイユ間、1872年モンペリエ・パラヴァス間1968年廃止。
1863年 : フィロキセラ(ブドウの木の害虫)が南フランス全体に広がる。
1880年 : 馬で引くトラムウエイ開設。1897年トラムウエイ電化。1949年廃止。
1907年6月9日 : ワイン生産者の抗議デモ。60万~80万人がコメディー広場を埋める。このデモは、主としてフィロキセラ以後のワインの欠乏を外国のワイン(アルジェリア)で補ったため、ラングドック地方のワイン生産過剰になり、値段が下がったため。
第2次世界大戦中、モンペリエはフランス自由ゾーンにあった。
1943年 : トラムウエイの事故、7人死亡。
1956年 : コメディー広場にはじめて信号が設置される。
1960年-1980年 : 「ピエ・ノワール(アルジェリアからの引揚者)」と北アフリカのアラブ人の移民のため、人口が急速に増える。
1977年 : Georges Frêche 市長に当選。任期2004年まで。
1989年 : サッカーワールドカップの試合がモッソンで行われる。
2000年 : トラムウエイ1号線開設。2号線2006年、3号線、4号線2012年
2011年 : 新市庁舎完成。
2012年 : サッカー、モンペリエチーム(MHSC)一部リーグ制覇。
2013年 : フランスではじめてのホモの結婚式が行われる。
2017年2月18日土曜日
モンペリエの名の語源
ある日本人からモンペリエってあの水を作っているところですかと言われたことがある。確かに水のペリエはそれほど遠くはないが(約30km)、もともと綴りが違う。モンペリエは「リ」の部分がLLだが、水の方はRRだ。日本語ではLとRの区別がないから間違えても当然だ。
さて、モンペリエの語源だが、結論からいうと綴りの後半の部分-pellierがどのようにして現代語でこのようにになったかよくわからないらしい。「モン」はフランス語の山montであることは確かで、985年に初めてのモンペリエについて記述にル・レーズ川とモッソン川の間に山という記述があるらしい。確かにモノペリエの中心部を歩くと小高い丘になっている。
後半の-pellierの部分はラテン語語源では①pastelパステル(藍色の植物顔料、トゥールーズ地方が有名)と②pilon(にんにくなど「つきさく」道具)の2つの解釈に分かれる。また、この地方の方言オキシタンoccitanの古い言葉では「錠」を意味するらしい。③「錠」というのは城壁で守られているいう意味らしい。①と③はありそうだが、②は単なる語源的なもので現実離れしている。③の城壁説は、現在一部残っている城壁は13世紀に築かれたのでやや時間のずれがある。個人的希望として①をとる。たぶん昔モンペリエの丘にパステルが沢山生えていたのだろう。
さて、モンペリエの語源だが、結論からいうと綴りの後半の部分-pellierがどのようにして現代語でこのようにになったかよくわからないらしい。「モン」はフランス語の山montであることは確かで、985年に初めてのモンペリエについて記述にル・レーズ川とモッソン川の間に山という記述があるらしい。確かにモノペリエの中心部を歩くと小高い丘になっている。
後半の-pellierの部分はラテン語語源では①pastelパステル(藍色の植物顔料、トゥールーズ地方が有名)と②pilon(にんにくなど「つきさく」道具)の2つの解釈に分かれる。また、この地方の方言オキシタンoccitanの古い言葉では「錠」を意味するらしい。③「錠」というのは城壁で守られているいう意味らしい。①と③はありそうだが、②は単なる語源的なもので現実離れしている。③の城壁説は、現在一部残っている城壁は13世紀に築かれたのでやや時間のずれがある。個人的希望として①をとる。たぶん昔モンペリエの丘にパステルが沢山生えていたのだろう。
2017年2月16日木曜日
Notes de lecture
夫以外の人を愛しているのですか?それではその人の方に行きなさい。愛してない人にはあなたは娼婦です。愛している人にはあなたは妻です。2つの性の結びつきには、心が一番大事。自由に愛して考えなさい。残りは神様の仕事です。
原文
Vous aimez un homme autre que votre mari? Eh bien, allez à lui. Celui que vous n'aimez pas, vous etes sa prostituee ; celui que vous aimez, vous etes sa femme. Dans l'union des sexes, le coeur est la loi. Aimez et pensez librement. Le reste regarde Dieu. (Choses vues 1849-1885 de Victor Hugo, p.412)
原文
Vous aimez un homme autre que votre mari? Eh bien, allez à lui. Celui que vous n'aimez pas, vous etes sa prostituee ; celui que vous aimez, vous etes sa femme. Dans l'union des sexes, le coeur est la loi. Aimez et pensez librement. Le reste regarde Dieu. (Choses vues 1849-1885 de Victor Hugo, p.412)
2017年2月13日月曜日
モンペリエの紹介
モンペリエは、フランスで人口が8番目の町、地中海が近い都市型観光地であると同時に古い大学都市としても知られる。ミシュラングリーン・ガイド・ブックの三つ星を得て≪最も訪れる価値のある≫観光都市と認められた。 豊かな歴史遺産に恵まれる一方、近年では様々なフェスティバルが開催される。ラジオフランス音楽祭、モンペリエ・ダンス、地中海映画祭など。特にダンスでは世界の中心的存在でもある。2000年からトラムウエイ(市街電車)による都市整備計画が進んでいて、新しい街づくりが進んでいる。また、周りのラングドック地方は、古くからワインの生産地として知られ、上質のワインが生産されている。
モンペリエ市人口 : 279845人(2016年)
モンペリエ都市圏人口 : 419291人(2012年)
モンペリエ市人口 : 279845人(2016年)
モンペリエ都市圏人口 : 419291人(2012年)2017年2月9日木曜日
Montpellierの発音はモンペリエかモンプリエか?
日本人はMontpellierをモンペリエと大体の人が発音するが、フランス人はモンプリエという人が多い。フランス語の発音の規則からするとモンペリエの方が正しいと思われるが何故だろう。他にもこういう例がある。Auxerre(89)をオーセールと発音したり、オークセールと発音したりする。Metz(57)をメッツとメッス。要はどちらでもいいのだ。でも、モンペリエの方がラテンの香りがしてこの町あっている。
2017年1月9日月曜日
Victor HugoのChoses vuesについてのノート
Choses vuesを読むと確かにHugoが見ていたことが書かれているが、見ていたそのものが分かりにくい。「大革命」の余韻が続く時代の中でシャルル10世の「王政復古」が失敗した「7月革命」の時点1830年から話は始まる。国民の間であの「大革命」は何だったんだろうかと問い出しはじめた混とんとした時代だ。1793年にルイ16世が処刑されて、古い旧体制時代の王権はなくなったが、またこの時代別な形で王権が復活する不思議な時代だ。8月にはオランダ領ベルギーで革命が起き、10月には独立する。
何に対して書いたのかわかりにくいのは、文豪Hugo流の修辞技法が原因している。比喩表現には、直喩、隠喩、換喩、提喩の4つがあるのは知られているが、Hugoの文章にはほとんどこれらの比喩表現がない。比喩表現がないと対象を類推して把握することができない。
本を読み始める時、最初意味が分からなくて時に戸惑うものだが、それは作者の考えにもよるだろうが、むしろその考えの表現に寄っている。まあそれはそのうち慣れてくる。慣れたとしても全体をなんとなく把握するには時間がかかる。
追記:Gabriel AudisioのJeunesse de la Méditerranéeは奇異な語彙が多いが、それより表現に比喩表現が詩のなかように操られて分かりにくい。
- 最初の印象は間違っていた。文章に不均一性がある。1840年にナポレオンの灰がアンヴァリッドに収められる時の描写は、レ・ミセラブルの中の描写のようだ。
- 1846年の7月20日から文章が簡潔になり、日付けも付けられ、それこそ日記のように毎日書かれようになる。そのため、描写、説明がある文章はいいが、そうでないものは格言めいてわかりにくい。注によると毎年7月20日に聖ヴィクトールを祝うらしいが、聖ヴィクトールの日は暦によると21日になっている。
- 1848年4月24日のいわゆる「2月革命」の文章は、革命の雰囲気が強く伝わってきて面白い。立憲君主のルイ・フィリップが退位して、第2共和政が成立するわけだが、LamartineやLedru-Rollinなどがサインする共和政成立宣言を作成する場にHugoもいて、宣言文の中のフランス語の誤りを指摘している。その後、ルイーナポレオンが共和国大統領になり、クーデターによってナポレオン3世の第二帝政になる。
何に対して書いたのかわかりにくいのは、文豪Hugo流の修辞技法が原因している。比喩表現には、直喩、隠喩、換喩、提喩の4つがあるのは知られているが、Hugoの文章にはほとんどこれらの比喩表現がない。比喩表現がないと対象を類推して把握することができない。
本を読み始める時、最初意味が分からなくて時に戸惑うものだが、それは作者の考えにもよるだろうが、むしろその考えの表現に寄っている。まあそれはそのうち慣れてくる。慣れたとしても全体をなんとなく把握するには時間がかかる。
追記:Gabriel AudisioのJeunesse de la Méditerranéeは奇異な語彙が多いが、それより表現に比喩表現が詩のなかように操られて分かりにくい。
- 最初の印象は間違っていた。文章に不均一性がある。1840年にナポレオンの灰がアンヴァリッドに収められる時の描写は、レ・ミセラブルの中の描写のようだ。
- 1846年の7月20日から文章が簡潔になり、日付けも付けられ、それこそ日記のように毎日書かれようになる。そのため、描写、説明がある文章はいいが、そうでないものは格言めいてわかりにくい。注によると毎年7月20日に聖ヴィクトールを祝うらしいが、聖ヴィクトールの日は暦によると21日になっている。
- 1848年4月24日のいわゆる「2月革命」の文章は、革命の雰囲気が強く伝わってきて面白い。立憲君主のルイ・フィリップが退位して、第2共和政が成立するわけだが、LamartineやLedru-Rollinなどがサインする共和政成立宣言を作成する場にHugoもいて、宣言文の中のフランス語の誤りを指摘している。その後、ルイーナポレオンが共和国大統領になり、クーデターによってナポレオン3世の第二帝政になる。
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