Montpellierの発音はモンペリエかモンプリエか?

日本人はMontpellierをモンペリエと大体の人が発音するが、フランス人はモンプリエという人が多い。フランス語の発音の規則からするとモンペリエの方が正しいと思われるが何故だろう。他にもこういう例がある。Auxerre(89)をオーセールと発音したり、オークセールと発音したりす...

2016年11月3日木曜日

③Via Lemovicensis ヴェズレー発

この道は、リモージュ(87)を通るためにこの名前がつけられた。リモージュを越えれば、ピレネーまでは平坦で肥沃な地帯を通る。

出発地点のヴェズレー(89)にあるマドレーヌ修道院は、11世紀から13世紀にかけて、西ヨーロッパでのマドレーヌ(マグダラのマリア)信仰の中心として、すでに多くの巡礼者を集めた。あのサン・ベルナール・ド・クレルヴォーもここで第二回十字軍を説いたと言われる。北東フランスからやってきた信者たちは、ここでミサを聞いて中央山塊をピレネーに向かって行った。

出発後、ブルジュ(18)経由の道とヌヴェール(58)経由の2つに分かれる。ブルジュを通る道は、シャリテ・シュール・ロワール(58)のノートルダーム修道院に立ち寄らねばなかった。クルニー修道院の影響下当時ヨーロッパで大きな勢力を持った修道院であった。当初パリのノートルダーム大聖堂の設計を真似たサン・テティエンヌ大聖堂には敬虔な信者や巡礼者が訪れた。

ヌヴェール側の道では、ヌーヴィ・サン・セピュルクル(36)にあるサン・テティエンヌ教会は、エルサレムにあるキリストの墓を納めたサン・セピュルクル教会を真似て、十字軍から戻ってきたディオルス(36)の領主が建立したと言われる。

サン・レオナール・ド・ノブラ(81)のサン・レオナールという聖人は、あくまでも伝説の域を出ない人だが、聖人伝によるとフランク族の王クロヴィスと同時代の人で、クロヴィスのようにキリスト教に入ったと伝えられる。また、クロヴィスが跡取りに授かるように祈って、それがかなえられた褒美としてノブラの地に土地を与えられ、修道院を開いたと言われる。サン・レオナールは、牢屋の囚人を解放したり、お産や家畜の病気を和らげる力があると信じられていた。

ペリグー(24)のサン・フロンという聖人は、伝説の人物だが、聖人伝によると1世紀ごろペリゴールで生まれ、エジプト、ローマと遍歴した。ローマでサン・ピエールに会ったと伝えられている。ペリゴールに戻り、この地の福音伝道者になった。

その後、バザス(33)を通って、サン・スヴェール(40)のクルニーと並ぶ大修道院に向かった。修道院に泊まった巡礼者たちは、疲れた体を休め、様々の恩恵に浴したと思われる。あとはサン・ジャン・ピエ・ド・ポールを目指すばかり。



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